昨年、役者業30周年を迎えた小野賢章。長年にわたって第一線で活躍し続け、中でもアニメには欠かせないトップ声優の1人として今年もメインキャストを演じる作品が複数控えている。オーディションに落ち続けた時代もあったという彼が苦境を乗り越え、押しも押されもせぬ存在となるまでのプロセスを聞いた。

──昨年、活動30周年を迎えられました。長きにわたる役者業の中で、ターニングポイントとなった時期や作品を教えていただけますか？

「僕のスタートは舞台で、初めての声の仕事は映画『ハリー・ポッター』シリーズの日本語吹き替えでした。10代〜20代前半にかけて担当させていただいたハリー役は、確実に1つの起点だったと思っています。ただ、だからと言ってすぐに声の仕事が増えたわけではなくて、アニメの仕事をたくさんさせていただけるきっかけとなったアニメ『黒子のバスケ』（2012年〜）は、間違いなく現在に至る大きなターニングポイントでした」

──『黒子のバスケ』の以前にもアニメの仕事はされていましたが、その前後で大きく変わったこととは？

「たしかに『黒子のバスケ』の前にも単発やゲストで呼んでいただくことはありました。ただ、基本的にアニメのメインキャストはオーディションで選ばれるんです。僕はぜんぜん受からなくて、何週間も何ヵ月も仕事がない時期がありました。その時点ですでに芸歴はそれなりにありましたし、芝居にもわりと自信があっただけに苦しかったですね。今思うと恥ずかしいんですけど」

──その苦しい時期をどのように乗り越えたのでしょうか。

「自分が出演した数少ないアニメ作品を客観的に観て気付かされたんです。活躍されている声優の方々と比べて、自分の芝居が"仕事"としてまったく成立していないことに。やはりアニメにはアニメならではの息遣いや間合いの取り方といった表現が必要で、自分にはそのスキルがぜんぜん足りていなかった。どう贔屓目に見ても『この声優にギャラは払えないな』と思いました(苦笑)。そこに気付いてからは、アニメの見方も変わりましたね。楽しんで見るというより、研究に近いものがありました」

──オーディションに受からなかった時期、この仕事を辞めようと考えたことはありませんでしたか？

「それはなかったです。たしかに高校を卒業したタイミングでは、この先どうやって生きていくかを考えました。ただ、いくら考えても『自分にはこれしかない』という結論しか出なかったんです。とは言っても仕事も大してなかったので、当時はプールの監視員とスープカレー屋さんでバイトするだけの日々でした」

──下積み時代ですね。

「バイトで生活できるようになったことで、逆に不安にかられたんですよね。僕はわりと楽天的なほうなので、バイト生活に慣れてしまうことで『これでいいや』となってしまわないかと。その危機感もあって20歳ですっぱりバイトを辞めました。役者だけでは生活できなかったので、親に頭を下げてお金を借りて、空いた時間は先ほど言ったようなアニメ研究に費やしました」

──ある種、ご自身を追い込んだのでしょうか。

「すべての人に勧められる方法ではないかもしれませんが、自分にとってはあの時の判断は正解だったと思っています。若い頃には意識しづらいものですが、時間って有限なんですよね。気付いたらあっという間に年齢を重ねてしまう。役者は何歳からでもチャレンジできる仕事ですが、長く活動したかったら若いうちにチャンスを掴んでおいたほうがいいですし、あの時バイトを辞めていなかったら今の自分はなかったと思います」