前田公輝 | インタビュー | Deview-デビュー

Deview LOGO

お知らせ

検索の条件設定はコチラ

Deview LOGO

検索の条件設定はコチラ

インタビュー「前田公輝」

2024/04/05

「『ちむどんどん』は夢が叶った作品。自分自身の役者としてのフェーズも変わりました」

前田公輝撮影/大槻志穂 取材・文/えびさわなち

数多くのスターが所属する「ホリプロ」が設立した、子どもたちの情操教育とタレントの早期育成を目指す「ホリプロ・インプルーブメント・アカデミー」が、2024年4月より「ホリプロスタースタジオ」と名称変更して新たにスタート。中学1年生から受講可能な演技に特化したクラス「G class(※ジェネラルクラス)」、プロ俳優のための「S class (※スペシャリティクラス)」が新設される。
オーディションサイト『デビュー』では、6歳の時に「ホリプロ・インブルーブメント・アカデミー」1期生として入所し、現在、新月9ドラマ『366日』(フジテレビ系)をはじめ、様々な作品で大活躍中の俳優・前田公輝にインタビュー。レッスンを受けていた当時のエピソードや、俳優業に目覚めたきっかけ、子役から大人への転換期での苦悩、転機になった仕事など、たっぷりと語ってもらった。
また、「30歳で朝ドラに出て知名度を上げる!」と友人に宣言し、まさに30歳の時に『ちむどんどん』で朝ドラ初出演を果たし、有言実行した彼が、夢を叶えるために大切にしていることとは⁉

前田公輝

――「ホリプロ・インプルーブメント・アカデミー(H・I・A)」の1期生として入所した前田さんですが、入所するに至った経緯をお聞かせください。

前田公輝「両親がH・I・Aの1期生募集の広告を見たことがきっかけで、情操教育の一環として兄と妹と一緒に入所することになりました。当時は習い事のうちの1つという感覚だったので、芸能界への興味というよりは水泳や公文に通うのと同じ感じでした。なんだったら“みんなもやっているもの”だと思っていたと思います。“大人とのコミュニケーション能力をつける”という両親の意向があっての習い事だったので、ほかにも脳の機能に作用するということでピアノなどもやっていました」

――習い事の1つだった、と記憶されるH・I・Aではどのようなレッスンがあったのでしょうか。

前田公輝「いろいろとやっていたとは思いますが、レッスンの内容に関してはぜんぜん憶えていないんです(笑)。ただ、H・I・Aで一緒に学んだ仲間とオーディションで会うこともけっこうあって、僕はオーディション会場に知っている人がいるほうが安心するタイプでもあったので、その点は良かったなと思います。母もオーディションやレッスンにもついてきてくれたので、母と一緒にいられて安心でもありました」

前田公輝

――そんな当時のことで憶えていることというと?

前田公輝「オーディションに受かったり、仕事が決まったりすると、レッスン場の壁に顔写真が貼り出されていたのですが、それは今でも思い出に残っています。子供ながらにあれがすごく嬉しかったんですよね。“オーディション合格者”として掲示されることで、“個”を認められたような気持ちになりますし、掲示されている案件数が多ければ多いほど、レッスン場の壁に自分の顔写真が増えていく。“次はもっと貼ってもらいたい”と、頑張るモチベーションになっていました。そういう意味では、この世界は年功序列のような制度ではなく、常に周りのライバルたちと競ってお仕事をいただく世界なので、幼いころからそういった戦う精神力というのは、そこで自然と身についたのかなと思います」

前田公輝

――6歳でデビューした前田さんですが、子役時代で特に印象に残っている思い出をお聞かせください。

前田公輝「小学生のときに出演した、NHKのドラマ『さわやか3組』はとても印象に残っています。小学校の道徳の授業でこのドラマを視聴するという時間があって、自分が出た作品を授業で観ることになるわけですよ。各クラスのみんなが授業でドラマを観ている中、僕だけは内容を知っているからという理由で、違う課題を渡されたりもしましたけど(笑)。すごく特別な感じがして嬉しかったです。授業が終わって休憩時間に教室を出た時、ほかのクラスのみんなからの眼差しがぜんぜん違っていて。道徳の授業前とはまるで違った僕への視線を感じたんです。今もそのことを憶えているということは、すごく嬉しいことだった、ということなんだと思います」

関連記事

最近のインタビュー

インタビュー一覧

ア行のタレント
カ行のタレント
サ行のタレント
タ行のタレント
ナ行のタレント
ハ行のタレント
マ行のタレント
ヤ行のタレント
ラ行のタレント
ワ行のタレント
×