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2017/11/11 11:31
ホリプロTSCグランプリ・定岡ゆう歩さんの素顔に迫る。「オールジャンルでみんなに愛されるタレントになりたい」
20年ぶりに男性も募集して話題になった『第42回ホリプロタレントスカウトキャラバン(TSC)』。例年、女優、タレント、モデル、声優アーティストなどテーマが設けられるが、今年は「気になるあの子」として幅広く人材を求め、WEBエントリーで3万6,504人が応募。そのなかからグランプリに選ばれたのは、沖縄出身の男性・定岡ゆう歩さん(21歳)。決選大会で天性の陽気さと個人パフォーマンスでのピアノ演奏でのギャップで異彩を放っていた定岡さんが、オーディション情報サイト『Deview/デビュー』のインタビューに応じ、受賞直後の想いを赤裸々に語ってくれた。
定岡さんは2年前に“アパレルの仕事をしたい”と上京し、現在はコスメショップでアルバイトをしているという。「もともと洋服が大好きで、原宿で自分のファッションを見せたかったんです。実際に原宿に来たら、もうビックリ! 浴衣にランドセルを背負ってる人とか、すごく個性的な人がたくさんいるじゃないですか。『こんなに自分を表現できる場所があるのか!』と衝撃を受けました。僕のファッションは、沖縄では浮いていたので……。高校では髪を染めたり、羽織ものをして登校したりしていたので、お母さんが週2回呼び出されてました(笑)」と、沖縄にいた頃からその個性は発揮されていたようだ。
アパート暮らしで、洋服をたくさん買うために自炊して節約する生活のなかで、芸能界への憧れもあったという。
「BIGBANGさんのライブに行ったら、『えっ!こんなことするの?』みたいなパフォーマンスに圧倒されて。マイクを投げたり地面に叩きつけて、人の心を掻きたてる。それを観て『表現することってすごいな』と思いました。それでBIGBANGさんに興味を持ってテレビを観たら、バラエティに出ていても韓国人なのに日本語でいっぱいしゃべっていて、さらに面白くて。『自分もいつか同じ場所に立てたら……』と少し思ったんですけど、そのときは憧れ止まりでした」と明かす。当時は「(オーディションを)受ける勇気は全然なくて」とのことだったが、今回のTSCは友だちに誘われて受けることに。「『男の子も受けられるんだ』と思って応募したら、友だちのほうは結局応募していませんでした(笑)」と笑顔を見せる。
今回のTCSの1次審査は、WEBエントリーのみで「お気に入りの写真」と「最近気になっていること」を投稿。1次審査を通過した応募者が、全国9ヵ所で実施した2次審査の地方予選に参加し、「20秒で自己PR」を実施した。東京予選に参加した定岡さんは、「どうすれば自分を表現できるか、考えに考えました。自己PRで何か歌おうかとも思いましたけど、ありきたりだし、やっぱり僕が好きなのは洋服だなと思って。生地を買って友だちに着物みたいな羽織ものを作ってもらって、下はめっちゃ破れたパンツで行きました」とこだわりの衣装で2次審査に臨んだ。
そのときの彼の印象を、TSC実行委員長のホリプロ・今村加菜氏は「『なんなんだろう、この子は?』という感じでした」と第一印象について語り、「トータル的に見て、実行委員の目を引く存在で。プロフィールの特技にピアノと書いてあったので、即興で弾いてもらったら、委員から拍手が起こるほどの演奏でした。『見た目こんな雰囲気の子が、これほどのパフォーマンスができるのか?』という感じで、みんな彼のことが気になったんです」(今村実行委員長)と振り返る。
3次審査は、各地方予選から選ばれた18人(女性11人・男性7人)が参加して行われた東京合宿。そこで決選大会に進むファイナリスト10人(女性6人・男性4人)が決定。その後、3回にわたる合宿が行われ、パフォーマンスのレッスンやリハーサルを重ねた。「合宿場所の最寄の駅にファイナリストみんなで集合したんですが、他の人たちと会ったときは、“えっ、マジで!? このなかに僕が選ばれたの?”みたいな感じでした(笑)。僕以外の男性はすごいイケメンで、背が高かったり、色が白かったり。それはもう輝いてました」
個性豊かなファイナリストのなかで、自分が負けないためにはどうしたらいいかということも考えたと明かす。「男らしいみんなに乗って、自分も男らしくするのは違うなと思ったんです。なので、カッコ良さを出そうとはしませんでした。普段友だちと接しているみたいにすることを意識して、しゃべるスピードやタイミングを考えたり。“周りと絶対カブりたくない”というのはありました」と語る。
決選大会の本番では、「バラエティレクリエーション審査」などで持ち前の明るさで場を楽しくさせつつ、「個人パフォーマンス審査」では得意のピアノ演奏で「エリーゼのために」「情熱大陸」「サイレントマジョリティー」など、クラシックからポップス、アニソンなど幅広い楽曲のメドレーを見事に弾いて聴き入らせた。「ピアノはお姉ちゃんが習っていて、家で弾いていた曲を耳で覚えて自分も弾いていたら、お母さんに『ピアノやってみる?』と言われて、小2の終わりから習い始めました。でも、楽譜は今でも読めなくて、耳と目で覚えて弾いているんですが、過去には西日本のコンクールで準優勝したこともあります。今回は好きな曲をメドレーにして、休みの日は家にこもって5時間とか練習していました」
また、決戦大会を振り返り、「本番は頭がいっぱいいっぱいで、とりあえず『周りに流されないように』というのは意識しました。でも、あの雰囲気のなかでは難しかったですね。前の夜は全然眠れましたけど(笑)」とニッコリ。ただ、個人パフォーマンス後、自分の演奏に納得いかず“楽屋で半泣き状態”だったという。
そして、結果発表の瞬間、グランプリに名前を呼ばれると、天を仰ぎ喜びを実感していた定岡さん。受賞直後には、「人生で初めて“一番”をいただいて感謝してます。スタッフの皆さんのおかげでここまで来られたので、皆さんの期待を裏切らないように頑張りたいと思います」と、声を詰まらせながら喜びをかみ締めていた。
今村氏は選考理由を「“気になるあの子”ということで一番惹かれました」と述べ、「合宿で女の子を慰めていたり、人を気遣う心を持っていた」とコメント。さらに、「合宿を重ねるごとに、全員がライバルではあっても、“みんなと仲良くしたい”“楽しくやっていきたい”という彼の気持ちが見えました。ファイナリストのみんなに対してだけでなく、私たち実行委員にも『お弁当、どれを食べますか?』『これがおいしかったですよ』と話したり、コミュニケーション能力もあったので、実行委員も心を奪われまた。そういった彼の姿勢は今後、応援してくださる方にもきっと伝わると思いました」(今村実行委員長)と打ち明けた。
定岡さん自身、合宿に関しては「みんながすごく優しくしてくれました」と話し、「ボケたらツッコんでくれるし(笑)。3ヵ月間、家族よりみんなといる時間が長かったので、本当に仲良くなれて。決選大会の前日にリハーサルが終わって、みんなで円陣を組んで、僕達を見守ってくれていた実行委員長の今村さんからお言葉をいただいたときは、感極まって大号泣でした」と告白。
中学では卓球部でキャプテンを務めていたが、高校では3年間、ラグビー部のマネージャーとして縁の下でチームを支えたという定岡さん。「友だちに『マネージャーがいないから』と頼まれて、『僕でサポートできるなら』と思って引き受けました。トライを決めたら水を持っていったり、洗濯したり、ボールに空気を入れたり。すごく楽しかったです。イヤだったのは日焼けすることだけ(笑)。どんなに日焼け止めを塗っても間に合わないんですよ!!」
突出した個性と協調性を兼ね備えているのが、定岡さんの一番の良さのようだ。「グランプリを獲れるとは全然思ってなかった」というが、あえて勝因を聞くとやはり「みんなと仲良くできたことかな」と自己分析。「協調性はすごく大事にしました。バラエティ審査でも自分だけガンガン行くのでなく、周りとの調和を意識して。みんなで質問の答えを合わせるゲームでは、自分だけ違う答えを書いちゃったりしましたけど(笑)」。そうした姿勢は、実際の芸能界の仕事でも大切だと、今村氏は指摘する。「どれだけ才能があっても、人としての礼儀や感謝の気持ちを持っていてこそ、応援していただけるものだと思います」(今村実行委員長)
今後は「オールジャンルでみんなに愛されるタレントになりたい」と語る定岡さん。「『ニンゲン観察バラエティ モニタリング』に出させていただきたいです。『リアクションが大きい』『声が大きい』と言われるのを活かせたら。あと歌も好きだし、今のバイトも両立させて男性用化粧品も作りたいし……。マジ欲張りだと思います(笑)」と目を輝かせた。今村氏も「やりたいことを伸ばしてあげたい」と後押しする。「今回の“気になるあの子”というコンセプトでなかったら、おそらく彼はここにいなかったと思います。それだけに『芸能界でこんなことをやっていいんだ』というところでも光らせたいし、彼のキャラクターを活かして即戦力になってもらうつもりです」(今村実行委員長)。
ちなみにグランプリの賞金100万円について、定岡さんは「すっごい派手な洋服が好きなので、アフリカとか世界の民俗衣装を買いたい。着られなくても眺めるだけでも欲しいです」とのこと。そして本名の“遊歩”という名前は「遊びながら、たくさん学んで歩んでほしい」と付けられたそうで、奔放な彼のキャラクターが芸能界でどんな形で花開いていくか。まさに“気になる”ところだ。
取材・文/斉藤貴志