2012年3月19日
ヒットした映画『DOCUMENT of AKB48』。 ここまで見せるのか!? というドキュメントに、感動するところも多々あった。
なのに、スッキリしないものが残る。何が引っ掛かるのか自分でもよく分からず、考えてみた。
単純に西武ドームの舞台裏にショックが強かったのはある。
これは見せるべきものだったのか? 震災の復興支援ライブのくだりで出たように、アイドルは人を笑顔にするパワーがあるし、そこが使命でもある。そのために裏で身を削るのはAKBに限らず当然だが、そっちを全面に出されても。
本来見せるべきは笑顔と楽しさ。
その裏は、どこまで見せるべきか。西武ドームでアンコールがかかっている最中、裏で前田敦子が倒れてたのを知ってたら、ファンはそれでももう一度ステージに出て欲しいと思っただろうか。
とか書きつつ、自分自身があの映画で必死なメンバーたちに引き込まれ、もっと見たがってた矛盾。それが引っ掛かっていたのかも。
完成品を提供するアメリカのショウビズやK-POPと違い、未完成から努力する姿を込み で見せて、ファン側も応援することを含めて楽しむ日本のアイドルシステムは独特だ。
となれば、アイドルは頑張る人でないといけないことになる。前田敦子を過呼吸に追い込んだのは彼女への応援? という矛盾。
たとえばハロー!プロジェクトにはアイドルになるべく生まれたような子が多いのに対し、AKB48は努力することでアイドルをやってる印象がある。
それゆえ応援型のファンをより掴んだのがブームの一因。だが、努力のほうがクローズアップされたら本末転倒ではないか?
際限ない期待に応えるための苛酷な努力を追った『DOCUMENT of AKB48』。
4月にDVD化。AKBファン以外にも勧めたいが、ファンであるほど、彼女たちの痛みが自分に跳ね返るかもしれない。
(終わり)

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