『マイ・バック・ページ』とあるアイドルの時代(1/5) | Deview-デビュー
2011年6月28日

 福島第一原発の事故があり、20年以上前にRCサクセションが歌った反原発ソングが注目を浴びた。

斉藤和義は自らのヒット曲「ずっと好きだった」の替え歌「ずっとウソだった」をYou Tubeに上げ、原発は安全と触れ回っていた東電や政府の欺瞞を痛烈に批判した。

 このとき、所属レコード会社が「第三者が勝手に上げたもの」などと火消しに走ったのが滑稽だった。

本人に公開の意志があって歌ったのは明らか。

最新の「Bridge」誌インタビューでもそう話している。

RCのときはアルバムが発売中止となったが、今はこんな形で世に出せる。

でも、レコード会社のスタンスは当時と変わらない。

ヘンに社会問題と関わり、どこかから火の粉を浴びるのが怖いという。

“どこか”ってどこだ?

 アメリカではベトナム戦争の頃から、プロテストソングは一つの潮流。

あくまで“作品”としてダブルミーニングに落とし込んだりしながら。

たとえばCCRの名曲「雨を見たかい?」。

あの“雨”はアメリカ軍がベトナムに投下したナパーム弾のこと――そんな逸話が台詞に出てくる映画が、公開中の『マイ・バック・ページ』だ。

 評論家の川本三郎氏が、朝日新聞社の雑誌記者だった60年代末を振り返る回想録が原作。

全共闘運動のうねりから事件に巻き込まれるジャーナリストと、大ボラを“本物”にしようとあがいた活動家の物語で…。
(明日へ続く)


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