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2020/09/08 19:38
補聴器をつけて芸能活動を行う我妻ゆりか、『2020年超福祉展』トークショー出演「愛してくれる周りの人のおかげで、嫌いだった自分を好きになれました」
生まれつき感音性難聴で両耳に補聴器をつけて芸能活動を行っている我妻ゆりかが、6日に開催された『2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展』に出演。自身が愛用している補聴器「OTICONオティコン」が主催するトークショー「最新補聴器で聞こえが変わる。日常も変わる。」に登壇した。
■我妻ゆりかインタビュー
――今回イベントに出演した感想を教えてください。
「はい! まずこの『2020年超福祉展』のイベントに出演が決まった時、本当に嬉しかったです! トークショーイベントは初めてだったのですが、小さい時から愛用しているメーカーのオーティコンさんのトークショーイベントだなんて、とても贅沢だなと思いました! 何回も練習して、絶対に成功させるぞ…!って気持ちがいっぱいで緊張していたのですが、皆が見守ってくれてるのがわかって、直ぐに安心して、私らしく皆さんとお話ができて、伝えたいことを発信できたのではないかなと思います!そして、色んな話を聞けて、これから先の補聴器との未来がもっと楽しみになりました!ありがとうございました!」
――我妻さんの幼少からの補聴器との歩みを聞いてみたいと思います。
「3歳ぐらいのときから『聞こえ』の教室に通っていました。発音の練習をしていたり、舌の動かし方を練習していました。当時の私からするとそれは普通のことでしたし、そこにいた友達と話せたり、舌にラムネを置いて食べれるのと、終わったあとプレイルームで遊べるのが好きで通い続けていました。自分の耳が聞こえないからそこに通ってるっていう自覚はなかった気がします」
――小学生の頃の思い出を教えてください。
「小学校に入ってからは、周りの子達が自分が何度も聞き返したりする行動に対してキレたり無視されたりって感じで。だんだん周りの反応がわかってきて、あぁこうしないほうがいいんだなって分かってきました。聞き取れなくても、聞こえなくても、何も聞かないことが1番いいんだなって察したけど、毎回怒られる理由が“聞いてませんでした”ってなってしまう私は、周りから常に“先生にわかるまで聞きなさい”って言われたことがすごく苦痛だった。それだけじゃ無いのかもしれないけど、私は3年間クラスの皆から虐められてました。辛かったし怖かったけど、ママを悲しませたくなくて誰にも頼れなかったんです。だけどそんな小学校生活の中で、唯一嬉しくて、20歳になった今もずっと覚えてるのは、少しだけいた友達に『その補聴器かわいい!!アイドルが付けてるやつじゃん!』って言われたこと。彼女は補聴器の意味は多分知らなかったんだろうけど、そのときだけは自分の補聴器がカッコイイと思えたし、何だか誇らしかったんです」
――音楽が大好きだとお聞きしましたが。
「例えば小さい頃から私にとって音楽は楽しいものでした。だけど小学校になってからは音楽の授業でみんなの前で歌って音程がずれてるとか、口を大きく開けてるかとか、できないことをできることのように判断されるのが1番泣きたい時間でした。1番大好きな音楽が1番嫌いになる時間だったんです。音を正確に耳に入れることができず、音程が取りづらい私にとって、合唱コンクールの練習は難しいものでした。だけどそれをどんなに説明しても『練習したらできるようになるよ!』って言われつづけていて、苦痛でした」
――中学生の時はどのように向き合ってらっしゃったんですか?
「中学生のときは自信がなくて、そもそも補聴器をつけてることがコンプレックスでした。好きな人につけているところを見られたくなくて、わざと髪の毛で隠す髪型をしたりしてました。私の『補聴器』はみんなに嫌われる要素だと思ってたんです。将来の夢はあったけど、その夢をちゃんと口に出していいのか不安でした。大人たちは私を受け入れてくれなくて、期待しては何度も裏切られて。だから期待すればするほど自分が深く傷ついちゃいそうだなと思っていました」
――そこから少しずつ意識が変わって、行動が起こせるようになった?
「高校では少しずつだけどたくさんの人に愛されて、過ごしやすくなりました。必ずしも、補聴器をつけてる事が嫌われる要素じゃない、愛される、愛されないの判断にはならないことに気づいたんです。そこから自分のやりたいって気持ちと、ワクワクする気持ちに対して素直に動くようになれました。やってみたいアルバイトに応募する、お仕事をしてみたい会社にエントリーシートを送る、交流会に参加して色んな人とお話をする、みたいに。そのうち、写真を撮られるのが好きなことに気づいて。写真は自分を表現できる時間で耳が聞こえなくても自由を感じることができました。でもやっぱり写真を撮られる時も私にとって補聴器は体の一部だけど写真には映らない存在で。そのほうがいいんだろうなってやっぱり思ってました。やっぱり補聴器は髪型で隠してたし、大好きなアップの髪型はしないようにしていました。補聴器を買いに行く時も、色を決める時は髪型に馴染むからって理由で黒色にして。それが私の20年の人生だし、それが私の普通でした」
――そんな人生が一変する出来事が起きたんですね?
「それは、今の事務所のマネージャーさんと出会った時。私が『え、でもわたし補聴器つけてますよ…?』って聞いたら、その時マネージャーさんは『そんなの関係なくないかな? むしろそれは我妻さんしか持っていない個性だと思うんだけど。今はまだコンプレックスかもしれないけど、コンプレックスは必ず武器に変えれるんだよ』って言ってくれたんです。単純かもしれないけど、その日、私はその言葉を信じることに決めました。だから今があって、嫌いだった自分のこと凄く好きになれたし、『補聴器をつけている私が私なんだ』って自信を少しずつ持つことができて、それがほんとに幸せなんです。嫌いだった私をすごく好きになれたのは、そうやって愛してくれる周りの人達がいるからだと思うんです!」
――最後にメッセージをお願いします。
「はい、初めまして!我妻ゆりかです! 私は生まれつき耳が悪くて補聴器をつけています! 2020年超福祉展での初めてのトークショーイベント緊張しました…! でもありのままに楽しんで無事に終わることができました! YouTubeのアーカイブで見れるので、是非見てください! そしてSNSのフォローもお願いします…(笑)」
■我妻ゆりか/Yurika Wagatsuma
2000年5月15日生まれ、千葉県出身
生まれつき感音性難聴で両耳に補聴器を使用。
持ち前のキャラクターとビジュアルを活かし19歳から芸能活動を開始、雑誌の撮影の際も補聴器を付けたまま挑み、それを「個性」とするなどニュースでも話題。
身長:161B:86W:62H:89
趣味:読書・水族館に行く
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